こんがりこうばしい

関ジャニ∞と安田くん。関ジャニ∞の安田くん。

私が見たGR8ESTツアーの話


約2ヶ月のツアーが終わった。私の今年のツアーも終わりを迎えた。まだ台湾公演と振替公演が残ってはいるけど、ここで一区切り(なのかな)

6人になっての初めてのツアー。自担が万全ではない状態でも参加すると決めたツアー。結論から言うと、私にとってこのツアーに参加した事は、今後の人生において大きな財産になると思う。

本当は、札幌から福岡まで見てきたけど(その中の数公演、大阪には行っていないのですが)、札幌と福岡では全く違った。この2ヶ月間でエイトも私もすごく成長できたツアーだったんじゃないかな、と思う。

 


以下、ネタバレ含みます。
(作文みたいな文章なので、読みにくいかもしれません)

 

 


いろんな思いを抱えて臨んだ、札幌。
札幌ドームにいる誰もが初めての6人の関ジャニ∞のパフォーマンスを見る、関ジャニ∞自身も初めてファンに6人のパフォーマンスを見せる日。
私は、寂しさと不安と期待で始まる前から泣きそうに(それと吐きそうにも)なっていた。
すばるくんがいない事、安田くんの体調も心配で、それでも関ジャニ∞なら大丈夫だと信じる気持ちも確かにあった。

開演1時間前くらいに着席した際、メインステージにあるバンドセットの簡素さにびっくりした。前の竿隊のスペースがすっきりしていて、1人いなくなってしまったという事をここから感じずにはいられなかった。(すっきりして見えたのは、アンプがなかったせいでもあるんでしょうけど)
双眼鏡を駆使して、メインステージを観察していると、まるちゃんりょうちゃんのギターはあるのに、やすくんのギターがなかった。私の不安はここでピークに達する。
マイクスタンドはあるものの、ギターもエフェクターもドリンクもまだなくて、そわそわが止まらず、もしかして、もしかして…とぐるぐる考える事しかできなかった。

その後、ドリンクがいつの間にか出現し、開演ギリギリになって数本のギターが出てきた時は、心底安心した。

 

開演が少し押したこの日、始まる前のエイトコールはとても大きく、これから出てくるエイトの背中を少しでも押せればと思い、私もいつもより声を出してコールをした。

暗転して真っ暗になったドームに光輝く7色に点滅したペンライトの海がとてもきれいだった。

 

札幌公演は終始泣きっぱなしだった。
確かに寂しさもあったけど、安堵の涙が多かったように思う。彼らは、始まる前の不安を吹き飛ばしてくれた。

安田くんへの配慮も、ライブ構成からダンスや立ち位置、あとメンバーからの気遣いまで全てにくまなく配慮されていて、なんだか安田担冥利に尽きるな、と思った。

もうずっと泣いていたのに、『わたし鏡』で大好きな人に「はよ会いたかった…」って言われたら、そりゃ涙腺崩壊するよ…。4月のあの会見から7月2日の動画、3日のボク。更新までのあの長い長いトンネルを歩いているような日々を思い出して、また大好きな人にこうして会えてよかったと心の底から思った瞬間だった。

新曲『ここに』を披露する前に、安田くんが「ここで皆さんに報告があります」と言った時は、心臓が一瞬止まったけど、その時の安田くんの表情を見て、あ、悪い報告ではないな、とわかった。その後に茶目っ気たっぷりの顔で「びっくりした?」と言っていたので、この~~~確信犯か~~~びっくりさせやがって~~~と思ったけど、やすくんが笑顔で楽しそうだったので秒で許した。

私はこの札幌公演に参加できてよかったと心から思う。
6人の関ジャニ∞も間違いないな、と思えた。
そして、私の中で7人の関ジャニ∞と6人の関ジャニ∞が別物になった日でもあった。
この気持ちを言葉にするのは難しいけど…どっちがいいとかそういう話ではなく、愛する対象が2つになったような感覚に近い。


そして、名古屋は札幌よりも安田くんは少しだけ動けるようになっている(ように見えた)し、エイトも肩の力が少し抜けているように感じた。

東京は、それから1ヶ月以上開いていたからか、名古屋より見違えるほど彼らは成長していた。

安田くんは「元気?」と問いかけられると、大きな声で「元気だぞー!」と答えてくれた事がとても嬉しかったし安心もした。

そりゃまだ万全じゃないだろうけど、バンド時には動き回ってて、ダンスはまだセーブしてたけど(全然それでよかった)、階段もすんなり降りられるようになってて、名古屋までのハラハラ感が薄れていて、目に見えて安田くんが回復してきている事がとても嬉しかった。

でも、バンドでムビステが動いてる時でも、ステージのギリギリに立ったりしていたのにはずっと最後までハラハラさせられたけど…。

 

ちなみに、今回のツアーでの楽しみのひとつが、アンコ(パノラマ)でのひなやすの戯れだった。

個人用トロッコに乗ってバクステに降りようとしているやすくんに全速力で近づいて「ライドーーーン!」ってやる村上くんとか、またある公演では、やすくんの背中にぴったりくっついて「ライドーーーン!」ってやる村上くんとか、最初の頃はそんな村上くんに安田くんもびっくりしていたのに、最終的にはリズムに合わせて手を挙げて体を横に曲げていたりしていて、そのかわいさに手を合わせるしかなかった。

村上くんは安田くんの分のバズーカ砲も撃ってくれていた(安田くんが撃つ方向を村上くんに教えている姿もかわいかった)ので、このツアー内で何度村上くんに感謝したかわかりません。

ライブ中もずっと安田くんを気にしてくれてて、東京6日に、オモイダマで安田くんの満面の笑みに「こっちまでつられて笑ってもうたわ」とか、雑誌とかでも「無理せんといてや」とか『今一番ヤスと一緒にやりたい事』に「ライブの完走」「体をゆっくり休めてほしいのが俺の第一の希望」って言ってくれてた事も嬉しくて感謝しかなかった…。

せめてものお礼に(なんて恩着せがましいけど)、イフオアのDVDを予約しました。イフオアには興味はあったけど結局1回も行けなかったので、観るのが楽しみです!

 

閑話休題

 

そして、福岡。
福岡では、『わたし鏡』の最後で響かせたリップ音に腰砕けになったり、『LIFE』の「光を今見つけたよ」で客席に向かって指をさす安田くんに号泣したり、オーラスの『ここに』披露後に、自分のTシャツの胸部分を掴んで上に引っ張りながら「大切なのは心の距離だー!」と叫んだ安田くんに好きが溢れたり、安田くんの最後の挨拶もとても胸に響いて、この人の事を好きになれて幸せだと思った。

お母様に「支えてくれる人にはラッキーで恵まれてるね」と言われたそうですが、私は安田くんの人柄が、安田くんだからこそ、そういう支えてくれる人に恵まれている事に繋がっているんだと強く思った。

  

福岡もすごくすごく楽しかった。

この人たちについていって間違いないなと確信した。

 

『ここに』は、名古屋までは安田くんもぴょんぴょん跳ねながら歌いたいだろうなぁ、と思っていたんだけど、後半になるにつれて、メンステに6人集まりながら歌うようになってて。

それはもう楽しそうで、それを見てこっちも楽しくなった。("Hey!"を全力でやるのが何よりも楽しすぎた)

「この曲を育てていってください」と言っていたけど、まさにライブを重ねる度に育っていっている曲だと思った。

しんみりした曲で終わるライブもそれはそれで良いものだけど、こうして盛り上がる曲で声出してペンライト振って「楽しかったー!」で終われるライブの方が私は好きだ。*1

 

 

安田くんも関ジャニ∞も、いつも私に有り余る程の元気をくれる。
今年はいっぱい辛い事、悲しい事があったけど、今は何だか関ジャニ∞と共に前に進んで歩めて行けているような気持ちになっている。

 

私のGR8ESTツアーを終えて、関ジャニ∞を好きになれてよかった。

これからも関ジャニ∞と楽しい事をずーっとやっていきたい。

来年はぜってーーー踊る!と宣言してくれた安田くんに全力で期待しています。

なんてったって、私は安田くんのダンスが大好きだから!

でも、無理はしないでね。ちょっとだけ心配しておきます。

 

本当に最初はどうなる事かと思ったけど、めちゃくちゃ楽しかった!!!

ありがとう関ジャニ∞!!!大好き!!!

 

まぁ、少しだけ寂しくなってしまった話をすると、

妖怪ケツ洗いの話が出た瞬間に寂しさに襲われた。

すばるくんはその話が大好きだったから、いつも妖怪ケツ洗いが目撃されると饒舌に喋り出す。

そんなすばるくんが好きで、それに照れたように笑うやすくんが好きで…

私の中で妖怪ケツ洗いといえばやすばだったから、自分でもこんなにもか、とびっくりするくらいダメージを受けてしまった。 やすばは音楽とか精神的な部分で繋がってるから大丈夫!と思っていたけど、やすばの絡みが見られないってこういう事なんだなぁと理解してしまって、しばらく寂しさにやられていた。 (横山さんが見た安田くんの話は担当としてはとてもありがたい話だったので、圧倒的感謝です。)

 

 

 

 

*1:ほぼ同じ事をいつかの亮ちゃんが言っていて、わかる!と声をあげるくらい同意した事を思い出した(出典不明)


ただただ、やすばが大好きで仕方ないヲタクが、この気持ちを吐き出すための記事です。

 

最初に断りを入れておきますが、
私は10周年からの(永遠の)新規です。
ですので、いわゆる"やすば全盛期(黄金期)"はリアルタイムで経験していません。
そんな奴がやすばを語るな!という方はお引き取りいただけるといいかな、と思います。

 

私が明確に"やすば"を好きになったのは、はっきりと覚えていないのですが、2014年の24時間TVの番宣のために2人で出たゴチを観てからのような気がします。

安田くんが最後まで名前が呼ばれず、肩を叩かれたら全額お支払い、叩かれなかったらピタリ賞100万円、という場面。

やすくんの肩が叩かれそうになるたびに「やめてー!」と言うすばるくんに、結果、1位でピタリ賞だった事にびっくりした様子ですばるくんの顔を見るやすくんに、「やすスゲ~!」と大きな声で喜ぶすばるくんにド新規ながらときめいたのを覚えています。

 

そこからずっとやすば ばかり見てきました。

 

ライブに行けば、やすばを追いかけまくって、今日のやすばの絡みはこんなんだったよ!と同じくやすばが好きな(Twitterで仲良くなった)お友だちと共有して、かわいい~!なんて言い合ったり、雑誌やらテレビやらで些細な事、それこそ隣にいるだけで嬉しかった。

 

今でもやすばを闇だって言う人がいるけど、私にとっては、あたたかい陽だまりのような優しい光だった。


ふたりがお互いを見る顔、お互いを語る言葉、名前を呼ぶ声、一緒に歌う歌声、隣にいるとよくくっついていた肩、同じような背丈なのに全然違う肩幅、お互いの言動でお腹が痛くなるほど、涙が出るほど笑っちゃうところ、お互いかわいいと思ってるところ、お互い熱い(厚い)奴だと思っているところ、ふたりで作り出す音楽、お互いを尊敬し合っているところ、似てるけど全然似てないところ…

やすばが見せてくれるところが、全部大好きで、全部愛おしかった。


昔みたいにずっと一緒なわけじゃないけど、目に見えて大きな絡みは少なくなってしまったかもしれないけど、私は今のやすばが何よりも大好きだった。今でも大好きだ。


私はどうあがいても安田担で、安田さんが世界で一番愛されていてほしいと常に願っているので、すばるくんが「やす」と呼ぶ声が世界で一番好きだった。

やすくんが何かに挑戦するたびに、「やすー!いけー!」と大きな声で応援してくれるのはすばるくんだった。
やすくんが作った曲も、やすくんの歌声も、やすくんのギターも、言葉にしてちゃんと褒めてくれるのもすばるくんだった。


最近は、「しぶやん」って呼んでくれなくてさみしい、と言っている人がいたけど、やすくんは今でも雑誌とかいろんなところでしぶやん、と呼んでいたよ。
7月7日の7人最後のいきなりドッジで、大倉さんに「ヤスがギター弾いてくれんの?」と聞かれて、やすくんは「りょーかおれかしぶやんか…」と答えた。
それでもやすくんは自らギターをチューニングして、亮ちゃんに「俺が弾こうか?」と言われても、黙って弾き続けた。(TVfanCROSSより)
それがすごく嬉しかった。
やすくんの頑固なところが出てて、ここの場面で頑固に、意地になってくれてありがとう。

やすくんが「渋谷(くん)」と呼ぶのも好きだった。
それは第三者にすばるくんの事を言うときによく出ていたから。
「ウチの」渋谷くん、と言っているような気がして、身内感がすごく出ていて好きだった。

 


『やすばFINAL』の最後に、すばるくんがやすくんに送った、「運命共同体、どうせ死ぬまで一緒」という言葉を、2014年の大晦日からずっと、自分の中の合言葉として胸に抱いてきた。

2018年7月12日に安田くんは「赤は 自分たちの体の中に絶えず流れてるよ」と言った。
私は、この言葉があの言葉の応えなんだと思った。

音楽が、すばるくんの夢となった音楽が、これからもふたりを繋げていてくれると信じていたけど、それ以外のところでも、もっと深いところでも、繋がっているんだと感じた。

これからもそう信じて、この言葉たちを胸に、生きていきたい。


いつか、今以上に大きくなった関ジャニ∞渋谷すばるが同じ舞台に立てる事(そしてあわよくばその舞台を私が見られる事)が夢です。

すばるくんのライブの最前で暴れて、もみくちゃにされてたらいつの間にか隣に安田さんがいる、なんて未来も夢見ています。*1

いつか、小さな箱でもいいから、おじいちゃんになった頃でもいいから、椅子に座って、ゆったりした曲ばかりでもいいから、すばるくんの歌とやすくんのギターだけでもいいから、ふたりだけでライブをしてほしいなぁ。あの時すばるくんがカメラに向かって言った言葉を私はずっと諦めないよ。

 

 


やすくん。
私は何があってもあなたの事が好きだという自信しかありません。陳腐な言葉かもしれないけど、これが今の本心です。
やすくんが本当の事を教えてくれて、弱音とか、やすくんの言う情けないところとか、弱いところとかを見せてくれて、私は嬉しいのです。もっとやすくんを近くに感じたというか、前よりも寄り添えている気がするのです。
エイターは無力じゃないよ、と言ってくれたやすくん。
これからはうぬぼれでもいいから支えていきたいし、一緒に歩んで行きたいな。今は焦らずゆっくりとで大丈夫。ポコアポコでね。

 

今でも、どうしてなんで、と思ってしまう。

いつか、すばるくんが関ジャニ∞を離れてまで追い求めたものを、その理由を感じられればいいな。

関ジャニ∞を離れたからこそ生まれる渋谷すばるを見れる未来を願っています。

 

 

明後日から関ジャニ∞は『re debut』します。
それを見届けに行きます。
彼らの笑顔を見たいから。
私も笑顔を届けに行きます。

 

 

7人の関ジャニ∞を愛せた事は、私の人生において誇りです。

本当に毎日が楽しかった。幸せだった。

 

それはきっと、これからも。

 

 


関ジャニ∞渋谷すばるに、幸あれ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:やすくんは関係者席にいるんだろうけど。そういうときでも"関係者"なのが嬉しいと思ってしまうヲタク…。でも、すソロのときに「最前で暴れたい」って言ってたからそれも叶えてあげてほしい…。

安田章大さんに惚れ直した日

 

自分の気持ちを整理するために書きます。

 

 

やすくんの話を聞いて、びっくりしたし、ショックだったけど、本当にめちゃくちゃ安心した。
頭に違和感を感じてすぐに脳ドックを受けてくれてありがとう。私が御礼を言うのはおかしいかもしれないけど、素直にそう思った。
常日頃から、自分より他人の事ばかり気にかけて、もっと自分を大事にして!と思っていたけど、自分の体調の変化に気づき、その違和感を蔑ろにしなかった事が嬉しかった。
去年の2月の手術、その後については、いろいろ思う事もあるけど、こうして様々な事が偶然に重ならなければ、公表しないつもりでいたのかもしれない。それが良いとも悪いとも言えないけど、それをおくびにも出さなかった事、本当に尊敬するし、彼の意地すら感じた。

4月9日に転倒して、背中と腰の骨折をしてしまったのは、この病気や手術と直接関係があるのかわからないけど、今は安田くんの回復を祈るしかない。

やすくんは私たちに向かって、何度も何度も安心してくださいと言った。
関ジャニ∞がこれからも走り続けていく先を私たちが見失わないように、しっかりと手をとって引っ張って連れて行ってくれると言った。
私は安田くんの口から、安田くんの声で発せられるその言葉に安心した。
今度は私がやすくんに安心してほしい。
大好きでいてください、と言ったやすくん、ずっと大好きでいるから、安心してね。

長々と書いたけど、今はもう、ありがとうと大好きしか言えないんだよなぁ。

私が世界で一番大好きな人は、強くて優しくて眩しくてかっこいい。
弱くて情けないと思うところを見せてくれる事は、強さだと思います。

札幌ではやすくんの笑顔が見られると嬉しいです。
私も笑顔を見せに行くね。

やすくん、大好き!

 

P.S. 安田くんの黒髪パーマ前髪分けは最強です!!!

安田担としての2018年4月15日

誰も見ていないと思いますが、Twitterに散々喚いた事をまとめる意味を込めてここにも書きます。


私は、関ジャニ∞が大好きです。
安田章大さんが世界の中心です。
やすばが特別です。

同じくらい、渋谷すばるさんが特別でした。


週刊誌の報道が出て、絶対ないだろうと、楽観視してたんですが、
周りにその話題を出される度に、何故か涙が出てしまって、
もしかしたら心のどこかはざわついていたのかもしれません。

2018年4月15日午前9時半頃、
私は1通のメールが届いた音で起きました。

内容は今までで一番短かったのに、今までの不安を決定付けるようなものでした。
午前11時。
それまではベッドの上で、死刑宣告を待つような(経験した事ないからわからないけど)そんな気持ちでした。
でも、まだ、彼らに限ってそんな事はないと、確信めいた自信があったので、誰かの結婚か、海外行くの?とか、ページを開いたら動画で、しんみりした空気で始まったかと思いきや、結局報道は全部嘘でーす!ってわーわーするいつものエイトに、なんやねん!もう!w って笑いながら怒るんだろうな、って、そんな事しか考えられなかった。

でも、違ったんだ。
悪い予感は的中してしまうんだ。

最初は文章を読んでも、まともに読めなくて、泣けなかった。
『すばるくんらしいな』という理由だった。
でも、なんで今なんだと、疑問しか出てこなかった。

下にスクロールすると、メンバーの言葉があった。
私はまだまともに読めなかった。
今度は泣いてしまったけれど。

それから1時間くらいベッドで泣いて、会見やってるって言うから、テレビをつけた。
そこには6人いた。
自担は、安田章大さんはいなかった。

そこでずっと泣いてた涙が一度引っ込んだ。
なんで?どうしてこの場に、大事な人がいないのか。
自宅療養中?背中の打撲?入院していた?

一気にキャパオーバーになった。

自宅で転んで、背中を強打して、三日間入院して、今は自宅療養中。
会見には出たかったけど、ドクターストップ。

何で今なんだよ。
すばるくんも、やすくんも。

個人連載の更新が止まった日と、ケガをした日がぴったり重なるので、
更新できなかったのは、そのせいなんだな、と。

最終決断の日には、入院していたんだ、と。

こんな大事な時に、なんで、どうして。
なんて、一番思ってるのは、本人なんだよ。
それがわかるから、それがとても辛い。

先述した通り、私はやすばが特別でした。
いや、まだ特別です。

やすばの音楽が好きで、それだけじゃない心の繋がりが好きで、
お互いにリスペクトし合ってるところが大好きで、
すばるくんの隣で笑ってるやすくんが、
やすくんの隣で笑ってるすばるくんが、
やすぅ!って呼ぶすばるくんも、
しぶやんって呼ぶやすくんも、
何よりも大好きで、特別でした。

そんな大事な人の、大事な場面で、同じ場にいる事ができなかった安田さんの事を思うと、
彼は絶対にずっと、それこそ一生、この事を枷として背負っていくのかもしれない。

会見での、横山さんの泣き顔、村上くんの気丈に振る舞う姿、まるちゃんの痛そうな顔、亮ちゃんの据わった目、大倉さんのちょっと怒っているような顔、
すばるくんの覚悟を決めた目を見ていると、
そんなメンバーの表情を見ていると、
どうしても、安田さんがここにいたら、どんな表情をしていた?
と、思わずにはいられない。

記者さんからの質問に、どんな表情で、どんな声色で、どんな言葉で、答えただろうか。

代読されたコメントにも、『必死に止めた』という言葉があって、すごくほっとした。
あの安田さんが、『必死に止めた』んだ。

背中の打撲だって、言うから、信じるけど、

今は安田さんの言葉が欲しいです。
代読された言葉じゃなくて、メンバーと名を連ねたところじゃなくて、
あなた自身の本心を、
私たちにはぶつけてくれてもいいと思います。

本当は、ちゃんと声で聞きたいけど、その機会は無さそうなので、
ボク。の更新、待ってます。
レンジャーでもいいです。
今は無理せず、ちゃんと治してね。


ただ、この会見がなければ、また、私たちは安田さんのケガも、入院も、知る事のないままだったんだろうな、と思うと、本当、やるせないです。



すばるくんは、やすくんに、
運命共同体
『どうせ死ぬまで一緒』
『安田のギターなら、どこまでも行ける』
って言ってくれていたのにね。

それは今でも本当かもしれないけど、
まだ、この言葉を信じ続けても、縋っても、いいですか。




今は、嫌だ、という感情しかない。
あと3ヶ月、3ヶ月でまた世界が激変する。

横山さんの言葉を借りるなら、
7月15日が来なければいいのにな、と思う。

ツアー、行くけど、絶対泣くだろうな。
でも、お葬式みたいなツアーにはしたくないな。
6人じゃダメだとも、6人でも大丈夫だとも思いたくない。

じゃあ、どうしたらいいんだろうね。


すばるくんが、相変わらず、真ん中に立っていてくれればいいのに。


行かないで、ずっと一緒にいてよ。
謝るくらいなら、行かないでよ。
楽しいことしかなかったんなら、わざわざ出て行かなくてもいいじゃん。

でも、すばるくんはかっこいいよ、こんな時まで。
横山さんも、信ちゃんも、まるちゃんも、やすくんも、亮ちゃんも、大倉さんも、
みんな本当にかっこいい。
こんな時まで、私の大好きな、愛してやまない、関ジャニ∞なんだから。
こんな事で、改めて、大好きだと、思わせるなんて、本当に憎い。


7人でこれからも最高の景色を見せてくれるんだって思ってた。
それこそ死ぬまで、ずっと変わらずこんな感じで。
自分がこんな事に遭うなんて思ってもみなかった、彼らに限ってそんな。


これからずっと泣くかもしれないけど、ずっと寂しいだろうけど、
受け入れられる日が来るかはわからないけど、
私はまだ、これからもずっと、7人の関ジャニ∞を愛していきたい。
これまでのために、これからのために。



また1からなんだね。

誰もどうなるかわからない未来、
こんなに不安になることはないけど、
大丈夫だって信じてるから。

一緒に歩いて行くから、どうか、もう誰もいなくならないで。

今は何よりも、7人全員一緒の笑顔が見たいです。

Street Bluesにやられた話。

11/15リリース、関ジャニ∞『応答セヨ【通常盤】』に収録されている『Street Blues』について安田担が「ここがやばい!」と喚いてるだけの記事です。語彙力皆無です。

ネタバレになるかと思いますので、フル聴いたよ!って方で読んで頂ける方は先にお進みください。

聴いてない方はぜひ通常盤買って聴いてみて下さい。もれなくやられます。

 

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